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【Introduction(結成の夜明け)】

2016年○月×日

一人の触手が無能な上司と深夜残業との果てなき戦いに身を投じて、どれくらいの時が経ったであろう。触手としての使命を意識の外にやり、人間世界の生活に溶け込むことに精一杯。その胸中、”無常”…あらゆる顧客の無理難題に方をつけて、または明日へ先延ばしにして今日も帰路へ着く。外で食事を済ませて部屋につき、ようやくひと心地つく時間がやってくる。彼の手には焼酎のロックが握られていた。

       「オレガ、シタカッタコトハ、ナンダッタンダロウ…」

同時刻、システム会社へ就職した同郷の触手は、煌々と輝くディスプレイから目を上げて周りを見渡した。無人のオフィス。触手は、今朝も営業が受けてきた仕様変更に対応していた。締め切りは変わらない。その胸中、”無常”…空になったレ○ドブルの缶を捨てるために社内のテラスへ向かう。磨き上げられたガラス窓に映る疲れた自分の姿に、触手はため息をつく。幾数本目のレ○ドブルを調達してデスクにもどる。彼の脳裏には焼酎のロックが浮かんでいた。

       「オレハ、コンナコトガ、シタカッタンジャナイ…」

​共鳴する二本の触手。屹立する吸盤と溢れる粘液。地球人に紛れて過ごすうちに忘れてしまっていた身震いするような興奮。遺伝子に刻まれた使命、意思、存在証明。二本の触手はその”無常”にけりをつけるために、そして自分たちが何をしたかったのかを思い出すために、地球人に音楽を届けることを決心したのである。

 

開戦の祝杯、彼らは焼酎のロックを一口、飲み下した。

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